タイで個人起業する日本人が押さえるべきAIとの正しい距離感

タイで個人起業する日本人が押さえるべき「AIとの正しい距離感」

タイ仏暦2566年(西暦2023年)前後から、タイ政府は生成AIモデルの導入に本格的に踏み出し、最大500万人に対して1年間無料で使えるようにするために16億バーツ超の予算を投じる方針を示しました。

「AI元年」とも言える環境変化の中で、タイで個人事業やスモールビジネスを始める日本人は、AIをどう位置づけるべきか——。

本稿では、タイの金融・政府・スタートアップのキーパーソンが語った内容をベースに、個人起業家の視点から整理します。

1. 「まずライセンスを買う」は誤ったスタート

タイの大手銀行TMBThanachart BankのCEO、ピティ・タンタカセム氏は、マイクロソフトのAIイベントでこう警鐘を鳴らしています。

> 「AI導入は、社員全員にライセンスを配るところから始めてはいけない。

> それは企業レベルでも、国家レベルでも同じだ」

個人事業主レベルでも、発想は同じです。

1-1. 技術ではなく「ビジネスの方向性」から決める

ピティ氏が強調したのは、技術起点ではなくビジネス起点で考えることです。

  • まず「どんな成果(アウトカム)を得たいのか」を定義する
  • そのうえで、
    • ビジネスインパクトが大きく
    • 技術的な実現可能性も高い 活用ケースから手を付ける

という順番が欠かせない、と指摘しています。

タイで個人起業する日本人に引き直せば、

「タイ語チャットボットを入れたい」「生成AIでコンテンツを量産したい」ではなく、

  • 月次売上をどこまで伸ばしたいのか
  • どの業務負担を軽くしたいのか(顧客対応、見積り、資料作成など)
  • どんなタイ人顧客・取引先との接点を増やしたいのか

といった成果の姿を先に決めることが重要になります。

1-2. 「影響の小さいところ」に無理にAIを押し込まない

ピティ氏は、「AIを使うこと」自体が目的化する危うさも指摘します。

> 影響の小さい領域に、無理に高度な技術を押し込むのはお金の無駄だ

個人ビジネスでも、

  • 単なるメモ書き程度の作業
  • 年に数回しか発生しない業務

といったインパクトの小さい仕事からAIを使いたくなる誘惑があります。しかし、時間も学習コストも限られる個人起業家ほど、「売上」「コスト削減」「顧客体験」への影響が明確な領域から始めるべきだ、という示唆と受け止めるべきでしょう。

2. データの質と「AIの使い方教育」が成否を分ける

AIをビジネスに組み込む際の、より根源的な条件も語られています。

2-1. 基礎データが悪ければ、AIへの信頼は一気に崩れる

ピティ氏は、良質な基礎データなしにAIを使う危険性を強調しています。

  • 元データが不正確
  • バラバラの形式で蓄積されている
  • 更新されていない

といった状態でAIを使えば、誤った結果を返し、チームがAIへの信頼を失う、と警告しています。

個人起業であっても、

  • 顧客リスト
  • 取引履歴
  • 商品・サービスの情報

といった自前のデータを、最低限整理しておくことが、AIの活用前提になります。

スプレッドシート1本からでも「正確に、継続的に更新する」姿勢が問われます。

2-2. 経営者と現場、それぞれに異なる「AI教育」が必要

ピティ氏は、組織におけるAI教育のあり方を、次のように3層に分けています。

  • 経営層:AIの可能性とビジネスインパクトを理解する訓練
  • 現場:ツールを正しく使いこなす訓練
  • 中間層:適切なプロジェクトをふるいにかけ、加速させる役割

個人事業主であれば、経営層と現場を自分ひとりで兼ねることになります。

つまり、

  • 「AIでどのようなビジネスを設計するか」を考える自分
  • 「実際にツールを触り、運用する」自分

の両方を、意識的に鍛えていく必要があります。将来タイ人スタッフを雇う場合には、「単にAIチャットに質問するだけ」がAI活用だと思い込ませない教育が不可欠です。

3. タイ政府のAI戦略と、個人起業家へのチャンス

タイ財務副大臣サンティターン・サティラタイ氏は、AIを国家の戦略ツールと位置づけ、次の3つの経済課題の解決に活用すべきだと述べています。

  1. 低成長
  2. 生産性の低さ(高齢化によりGDPが年1%減少するとの見立て)
  3. 格差の拡大

3-1. 「新しい成長エンジン」としてのAI

コロナ後、タイ経済は明確な成長エンジンを欠いているとされます。その中で、AIを新たなエンジンとするという発想は、個人起業家にもチャンスを示唆します。

  • 省人化や効率化を通じて生産性を高めるサービス
  • タイの中小・零細事業者にマーケティングや財務のスキルを提供するサービス

など、サンティターン氏が言うように、小規模事業者の力を底上げし、競争条件を平準化するようなビジネスに、政策の追い風が吹く可能性があります。

3-2. 「人の能力を増幅するAI」という視点

サンティターン氏は、ソフトウェアそのものの使い方以上に、次の4つの人間の能力を伸ばすことが重要だと述べています。

  • 批判的思考(critical thinking)
  • 創造性(creativity)
  • コミュニケーション(communication)
  • 協働(collaboration)

プロセス設計としては、

  1. 最初:人間の専門家が正しい問いを立てる
  2. 中盤:AIが大量の作業を行う
  3. 最後:再び人間がAIの出力を検証する

という形が望ましいとしています。

個人起業家であれば、自分自身がこの「最初と最後」を担うことになります。

AIに丸投げするのではなく、問いの質と、最終チェックの厳しさが、ビジネスの質を左右すると理解しておくべきでしょう。

4. 「見えない競合」はAIを武器に現れる

タイのロイヤルティ・マーケティング企業BuzzebeesのCEO、マイケル・チェン氏が恐れているのは、大手既存企業ではなく、

> 「AIを駆使して、新しいソリューションを一気に立ち上げてくる、姿の見えない競合」

だといいます。

4-1. 「速すぎるが、方向が間違っている」リスク

ピティ氏は、AI導入にはビジョンと速度のバランスが必要だと語っています。

  • 高い速度で動いても、ビジョンが誤っていれば「大きな損失」になる
  • 良いビジョンがあっても、動きが遅ければ「機会を逃す」

AIを使った新興プレーヤーは、方向性さえ合えば、非常に速いスピードで市場に入り込んできます。

個人起業家であっても、

  • ビジネスの方向性(誰に、何の価値を提供するか)を明確にし
  • 小さく素早くAI活用の実験を繰り返す

ことで、「速いが的外れ」でも「正しいが遅い」でもないポジションを探る必要があります。

4-2. 「AI=チャットするもの」という思い込みを壊す

チェン氏は、従業員のマインドセットこそが最大のハードルだと指摘しています。

> 9割の従業員は、AIの本当の使い方を知らず、「ChatGPTと雑談すること」がAI活用だと思っている

将来、タイ人スタッフを雇うことを視野に入れる個人事業主は、

  • そもそもAIで何を自動化・高度化したいのか
  • どの業務でAIが実際の価値を生むのか

を、スタッフと共有するところから始める必要があります。

自らも「占いの文章を書かせて遊ぶ」「ラッキーナンバーを出させる」といった、ピティ氏が指摘するような「強力な技術の軽い使い方」に終始しないことが重要です。

5. タイで個人起業する日本人への実務的な示唆

以上を踏まえ、タイで個人事業を始める日本人がAIと向き合ううえで、最低限押さえたいポイントを整理します。

5-1. 起業前に決めておくべき質問

AIツールを比較する前に、次のような問いに答えられるようにしておくとよいでしょう。

  • 1年後、売上・コスト・働き方をどう変えたいのか
  • そのために、どのプロセスを優先的に改善すべきか
  • そのプロセスには、どんなデータが、どの程度蓄積されているか

ここが曖昧なままでは、どれだけ高度なAIツールを導入しても成果につながりにくい、というのがタイの金融実務家からのメッセージです。

5-2. 「自分自身への投資」としてのAI活用

サンティターン氏が述べるように、AIの本質は、人間の能力の増幅装置です。個人起業家にとっては、

  • 批判的思考:AIの出力を鵜呑みにしない
  • 創造性:AIからの提案を起点に、新たなサービス案を組み立てる
  • コミュニケーション:タイ人顧客やパートナーに、AI活用を含めた価値提案を説明する
  • 協働:将来のスタッフや外部パートナーと、AIを前提にした役割分担を行う

といったスキルへの投資こそが、長期的に見て高いリターンを生むと考えられます。

5-3. デジタル公共インフラを「土台」として活かす

サンティターン氏は、政府の役割を「民間と競争するイノベーター」ではなく、「信頼できるデジタル公共インフラの提供者」と位置づけています。その具体例として挙げられたのが、Paotangのような決済アプリです。

個人起業家の視点では、

  • 既に存在する金融・決済インフラに乗る
  • その上で、自分のAI活用(顧客分析、与信判断、マーケティングなど)を設計する

という順番を意識することが重要です。

土台を自前で作るのではなく、「インフラ+AI+自分の強み」という組み合わせで勝負するイメージです。

終わりに:AIは「持つか持たないか」ではなく「どう設計するか」

タイでは、政府も民間もAIを前提とした経済構造への転換を模索し始めています。

その中で、個人起業家にとって重要なのは、AIを「持つか・持たないか」ではなく、

  • どの成果を狙い
  • どこにAIを当てはめ
  • どのようなデータと人材で支えるか

という設計の問題だと言えます。

占いやラッキーナンバーではなく、ビジネスの本丸にAIをどう組み込むか。

それを考え抜けるかどうかが、タイでの小さな起業を、持続的なビジネスへと育てられるかどうかの分かれ目になっていくはずです。

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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3268469/pundit-define-your-outcome-then-use-tech

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