中国AI台頭、上海WAICで示された1,000社超の実装潮流とタイ起業の選択

中国発の生成AIが急速に存在感を増し、コストと性能の両面で日本や米国の個人が手に届く水準に近づきつつある。タイで起業を目指す日本人にとっては、どの国のAIを使うかという「選択」が、今後の収益性やリスク管理を左右する経営判断になる局面だ。上海で開かれたWorld Artificial Intelligence Conference(WAIC)の議論は、その方向性を読み解くうえで重要な材料となる。

中国AI急伸と「一国支配」への警戒

中国の習近平国家主席は、上海で開幕したWAICで「AIの発展は一国による単独の演奏であってはならず、国際協力のシンフォニーであるべきだ」と述べた。特定の国がAIを支配する構図を牽制しつつ、安全保障を理由にAIを過度に規制する動きにも反対する姿勢を示したかたちだ。

発言の背景には、米国と欧州連合(EU)が安全保障上の懸念から中国製ハイテク製品の輸入制限を強めている現状がある。米政府と米AI研究機関との間で、最先端技術へのアクセスを巡る摩擦も生じているとされ、AIを巡る統制権が誰の手にあるのかが問われている構図だ。

分析メディア「Hello China Tech」のPoe Zhao氏は、WAICを「中国のAI産業の方向性を理解するうえで最も重要な年次イベント」と位置づける。そのうえで、先端半導体やフロンティア計算インフラ、巨額の資本を要するモデル開発では米国が明確な優位を保つ一方で、「中国は最も近く、かつ最も包括的な競争相手だ」と指摘する。

4日間のWAICには中国のテック企業1,000社超が参加し、政府関係者や研究者、業界関係者が顔をそろえた。会場にはAI計算向けの高性能半導体システムから、アプリを自律的に操作できるスマートフォンまで約3,000の製品が並び、中国のAIが「研究テーマ」から実装段階へ移りつつある現状が示された。

低コスト・オープンソースAIの台頭

中国政府はAIを産業政策の戦略的柱と位置づけ、半導体から消費者向けサービスまで国内エコシステムの構築に国家投資を注いでいる。中国国内のAI利用量を示す「トークン」の日次消費は過去2年で1,000倍に増えたとされ、爆発的な普及ぶりがうかがえる。

公式統計によると、中国のAI市場は2025年に1.2兆元(約6兆バーツ)規模と評価されている。今年は30%超の成長が見込まれるとの見方も示され、ハード・ソフト双方での投資が加速している状況だ。世界知的所有権機関(WIPO)によれば、2024〜25年に出願された生成AI関連特許は4万3千件超と、国別で最多を記録した。

上海のWAIC開幕直前には、北京の新興企業Moonshot AIが新たな旗艦モデル「Kimi K3」を公開した。性能面では米国の最先端モデルに匹敵する、あるいは一部で上回ると報じられており、ハイエンド分野でも中国勢が肉薄している構図だ。

今年のWAICでは、AIエージェント関連の展示もひときわ注目を集めた。MiniMaxの「M3」モデルを搭載した量産スマートフォンは、自律型AIエージェントを搭載した初の大衆向け端末とされる。Huaweiの「Atlas 950 “supernode”」は、学習と推論を支えるAIアーキテクチャとして紹介され、AIインフラの自前化を印象づけた。

Zhao氏は、今後の主題として「AIモデルから、日常生活の中でスケールして展開できるシステムへの移行」を挙げる。単体のチャットボットではなく、業務や生活の現場に組み込まれる「仕組み」としてAIをどう設計するかが、次の競争軸になるという見立てだ。

中国オープンソース活用とタイ起業の現実解

こうした中で、中国のオープンソースAIモデルを採用する海外企業も増えている。Siemensなどがその一例であり、性能に加えて低コストでカスタマイズ性が高い点が評価されていると伝えられる。OpenAIやAnthropicといった米大手のクローズドなシステムとは対照的なポジションだ。

タイでスモールビジネスを立ち上げる日本人にとっては、この「低コストかつカスタマイズ可能」という特徴は無視できない。初期費用を抑えつつ、販売管理やマーケティング、顧客対応など自社の業務フローに合わせてAIを組み込みたい場合、中国発のオープンソースモデルは具体的な選択肢になりうる。

一方で、AIの軍事利用やハッカー、テロリストによる悪用を懸念する声は世界的に高まっている。習主席は会議で、サイバーセキュリティや紛争、雇用や世界経済への影響を見据え、「法律や規制、技術的な監視、早期警戒、緊急対応システムを整備し、AIが常に人間のコントロール下にあることを保証すべきだ」と語った。

「人間中心(people-centric)」のアプローチを掲げる一方で、「AIの安全保障概念を過度に拡張したり、一国の安全を他国の安全より優先させるべきではない」とも強調した。技術の主導権争いと、安全保障の名の下での規制強化がせめぎ合う中で、どの国のAI基盤を使うかという個々の事業者の選択も、政治や規制の影響を受けやすくなっている。

ルール形成と小規模事業者の備え

国際ルール作りの動きも加速している。中国の王毅外相は、ロシアやパキスタン、インドネシアなど29カ国の代表とともに、政府間のAI協力グループ設立に合意した。上海に本部を置く「World Artificial Intelligence Cooperation Organization」は、加盟国間の協議と連携を通じて、AIの「健全で秩序ある」発展を促すことを掲げる。

WAICには国連のアントニオ・グテーレス事務総長やカンボジアのフン・マネット首相、Anutin Charnvirakul首相らも参加した。AIが単なるテクノロジー分野にとどまらず、外交や安全保障を含む幅広い政策課題として扱われていることがうかがえる。

タイで起業する日本人にとって、こうした国際的な枠組みや対立は一見遠い世界に映る。ただ、AIサービスの多くはクラウド経由で提供される越境ビジネスであり、制裁や輸出規制の対象となれば、突然アクセスできなくなるリスクをはらむ。特定の国のプラットフォームに業務を全面的に依存すること自体が、事業継続上のリスクとなり得る局面だ。

AIベンダーを選ぶ際には、コストや機能だけでなく、データの扱い方やサービス提供国の政治・規制リスクも勘案する必要がある。契約や利用規約を読み込み、突然のサービス停止や仕様変更に備えた代替手段を確保しておくことが、小規模事業者にとっても現実的なリスクヘッジになる。

「人間のコントロール」をどう担保するか

AIエージェントがアプリを自律的に操作し、日常業務にも深く入り込む世界では、「人間のコントロール」をどう維持するかが経営課題になる。タスクの自動実行は便利だが、設定ミスひとつで誤った情報発信や不適切な顧客対応が連鎖的に起こる可能性もあるためだ。

習主席が語ったように、法律や規制だけでなく、技術的な監視や早期警戒の仕組みは、企業側にも求められる。具体的には、AIが実行できる範囲を権限設計で絞る、重要な決定には人間の確認プロセスを挟む、ログを定期的にチェックするなど、小さな事業者でも取り得る対策は多い。

中国発のAIが、モデルから実用システムへと移行し、しかも低コストで利用できる環境は、タイでの個人起業にとって大きな追い風になりうる。他方で、その裏側にある国際政治やガバナンスの揺らぎを直視し、自らのビジネスに落とし込んだ「利用ルール」を設けられるかどうかが、長く事業を続けられるかどうかを分けるとみられる。

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