タイで個人起業する日本人のためのECプラットフォーム最新事情
——手数料上昇と「プラットフォーム支配」論争の中でどう戦うか
タイでの個人起業、特にオンライン販売やECを軸にしたビジネスを構想する日本人にとって、今もっとも注意すべきテーマのひとつが「マーケットプレイス型ECプラットフォームの手数料とルール」です。
仏暦2566年(西暦2023年)、大手プラットフォーム事業者が加盟する「Thai Digital Platform Trade Association(TDPA)」が、手数料引き上げとビジネス慣行をめぐる批判に正面から反論する声明を公表しました。これは、オンライン販売事業者からの不満がピークに達し、国会(下院)にまで「危機」として持ち込まれる中での動きです。
タイで個人起業を目指す日本人にとって、この論争は「他人事」ではありません。どのプラットフォームを選び、どの程度まで依存し、どのようなビジネス設計を行うかに直結する論点だからです。
この記事の目次
以下では、TDPAの主張を手掛かりに、タイでオンライン起業を志す日本人にとって押さえておきたいポイントを整理します。
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手数料はなぜ上がるのか——プラットフォーム側が語る「正当性」
まず押さえておきたいのは、なぜマーケットプレイスの「マージン(グロスプロフィットフィー)やサービスチャージ」が引き上げられているのか、という点です。
オンライン販売事業者、とりわけ中小企業や個人セラーの側からは、「今年に入ってからの手数料引き上げは過度で、競争をゆがめている」という批判が噴出しました。タイE-Commerce協会や中小企業(SME)、個人セラーらは、仏暦2566年5月14日に「ECプラットフォーム上の危機」と題した要望書を下院に提出しています。
これに対し、仏暦2566年2月に設立されたTDPA(加盟:Grab、Lazada、LINE MAN Wongnai、Shopeeなどの主要事業者)は、次のようなロジックを示しています。
1. 初期の「大盤振る舞い」は投資だった
TDPAによれば、タイのEC市場の立ち上げ期に見られた
– 大量のクーポン配布
– 無料配送の補助
– 手数料免除キャンペーン
といった施策は、「競合を潰すための不当廉売」ではなく、オンライン取引そのものへの信頼を作るための必要投資だった、という説明です。
当初のタイの消費者は、
– 商品品質への不安
– 配送の信頼性
– 決済安全性
– 物流水準
といった点で、オンライン購入に懐疑的だったとTDPAは指摘します。そこで大手プラットフォームは「先行投資」として多額の資金を投下し、結果として約4,000万〜5,000万人規模のデジタルユーザーベースを育てた、としています。
日本人がタイでEC起業を考える際、この背景は重要です。現在の「大きな集客力を持つマーケットプレイス」は、過去の投資の上に成り立っており、その回収フェーズとして手数料がじわじわと上がっている——という構図を理解しておく必要があります。
2. 高度化するシステムとセキュリティ投資
TDPAは、手数料引き上げの理由として「システムの高度化と運営コストの増加」を挙げています。具体的には、
– サイバーセキュリティ基盤への投資
– タイの規制に準拠した個人情報保護システム
– AIを活用した詐欺・不正検知技術
といった領域への再投資です。オンライン詐欺やサイバー犯罪が巧妙化する中で、約5,000万人のユーザーを守るには、相応のコストが不可避だという主張です。
日本人の個人起業家にとっては、
「プラットフォームの手数料は単に“中抜き”ではなく、セキュリティや決済の安全性、信頼性を買っている面がある」
という点を織り込んだうえで、事業収支を設計する必要があります。
3. ロジスティクス・決済・金融の一体サービス
また、TDPAは「物流・決済・金融サービスの一体提供」への批判にも反論しています。一部セラーからは、
– 指定された物流や決済を使わざるを得ない
– 自由な選択肢が実質的に制限される
といった声も上がっていますが、協会側は次のようなメリットを強調します。
– 配送信頼性の向上
– リアルタイムの追跡が可能なトラッキング
– 代金引換(Cash on Delivery)の強化
– 大規模セール時の膨大な取引量を処理するためのインフラ
タイ市場向けにオンライン販売を行う日本人起業家にとって、これら統合サービスは「自前で構築すれば極めて重い負担」となる領域です。プラットフォームに乗ることで、一定の手数料と引き換えに、こうした基盤を利用できる——というコスト構造をどう評価するかがポイントになります。
TDPAは、手数料の見直しは「段階的」に実施しており、セラー側も適応の時間は確保できていると主張します。つまり、手数料の上昇は前提条件として受け止め、そのうえで価格設定や利益率を組み立てる必要がある、ということです。
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「独占」ではなく「激しい競争」——プラットフォーム選びの視点
タイのオンラインセラーからは、「特定の大手プラットフォームによる市場支配ではないか」という懸念も出ています。これに対しTDPAは、「タイのEC・マーケットプレイス市場は依然として競争的だ」と反論しています。
協会側が挙げる競合プラットフォームには、
– Grab
– Lazada
– LINE MAN Wongnai
– Shopee
といった主要メンバーに加え、
– Kaidee
– Line Shopping
– LnwShop
– TikTok Shop
– Robinhood
– PantipMall
– Nex Gen Commerce
といったプレーヤーも含まれています。TDPAは「セラーは各プラットフォームを自由に選択できる」と強調します。
日本人個人起業家にとっての示唆は明確です。
– 単一のプラットフォームに依存しない販売戦略
– 取り扱い商品やターゲットに応じたプラットフォームの選択
– 手数料水準だけでなく、集客力・物流・決済の総合力を比較
といった視点で、タイ市場を設計する必要があります。
表面的には「手数料が安い方が有利」に見えますが、実際には
– 見込み顧客へのリーチの広さ
– セールイベント時のトラフィック量
– デジタル広告やクーポン施策との連動性
など、プラットフォームごとの“エコシステムの強さ”が売上に影響します。タイでのEC起業では、「どのプラットフォームにどう比重を置くか」というポートフォリオ発想が重要になるでしょう。
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中国からの安価輸入品とどう戦うか——価格競争からの脱却
タイ国内のセラーが強く問題視しているのが、「中国からの低価格輸入品」との競合です。大量生産体制を持つ海外メーカーに対し、タイの中小事業者は構造的に不利な立場に置かれている——というのがセラー側の認識です。
TDPAは、この点について次のようなスタンスを示しています。
– 越境ECはグローバルな自由貿易の一部であり、消費者にとっては選択肢の拡大と価格低下というメリットがある
– 輸入品は付加価値税(VAT)や関税の対象となっており、制度上は正規のプロセスを通っている
そのうえで、タイの起業家やセラーに対し、「価格だけで戦うべきではない」と明確に助言しています。TDPAが挙げる差別化の軸は、
– 品質
– ブランディング
– サービス
– デザイン
– 文化的アイデンティティ
です。
これは、タイで事業を行う日本人にもそのまま当てはまります。むしろ、日本ブランドの
– 信頼性や安全性に対する評価
– 独自のデザイン・機能性
– ストーリー性や職人性
を前面に出すことで、「圧倒的な低価格」ではなく「納得感のある価格」で勝負する余地があります。
重要なのは、「最安値」を追いかける設計にしてしまうと、中国を含む大規模サプライヤーとの消耗戦に巻き込まれ、個人起業レベルでは持続しにくい——という現実を直視することです。
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データ利用への懸念と「マーケットプレイス・ファースト」戦略
一部のセラーからは、「プラットフォームが自社の販売データを利用して、同種のPB(プライベートブランド)商品を投入してくるのではないか」という不信も出ています。
TDPAはこれを否定し、加盟事業者は
> 「マーケットプレイス・ファースト」——つまりセラーの成長支援を優先する戦略を取っている
と説明します。
日本人としてタイで起業する場合、プラットフォーム側の主張をどこまで信頼するかは個々の判断ですが、
– 売れ筋情報や顧客データの“握り”はプラットフォーム側にある
– ルール変更やアルゴリズム変更のリスクは常に存在する
という構造は前提として認識しておくべきです。そのうえで、
– ブランドストーリーや世界観を強く打ち出す
– プラットフォーム外でのファンづくり(SNSなど)と組み合わせる
といった、自社側でコントロール可能な資産を積み上げることが重要になります。
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政策リスクと対話の行方——「ルールは変わり得る」と考える
仏暦2566年5月、タイE-Commerce協会やSME・個人セラーらが下院に提出した要望書では、「ECプラットフォーム上の危機」が強調されました。これは、手数料引き上げやプラットフォームの支配的地位への懸念が、政治課題になりつつあることを意味します。
TDPAの事務総長であるジラワット・プームスリカオ氏は、
> 「政策決定者から話があれば、協議に応じる用意がある」
と述べており、今後、規制やルール作りをめぐる対話が進む可能性があります。
TDPAは、マーケットプレイスに対する「誤解」に基づく政策が導入されれば、
– イノベーション
– 中小企業
– タイの長期的なデジタル競争力
を損ないかねないと警告しています。
日本人起業家の立場から見ると、
– タイのECルールや規制は今後も変動し得る
– 手数料水準やプラットフォームのビジネス慣行も、政策との対話次第で修正され得る
という「ルール変動リスク」を念頭に、過度に単一の形態に依存しない事業設計が求められます。
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タイで個人起業する日本人への実務的な示唆
以上を踏まえると、タイでECを活用して個人起業する日本人にとってのポイントは、概ね次のように整理できます。
1. 手数料は「前提条件」として受け入れたうえで設計する
– セキュリティ、物流、決済、顧客基盤へのアクセスという“対価”とセットで評価する。
– 手数料上昇を見越した利益設計を行い、薄利多売モデルには慎重になる。
2. プラットフォームは「選び、組み合わせる」もの
– Shopee、Lazadaなど大手だけでなく、Kaidee、TikTok Shopなど、複数の選択肢がある。
– 手数料だけでなく、集客力・ターゲット層・キャンペーン機能を含めて比較検討する。
3. 価格競争から距離を置き、「日本ならでは」の価値で勝負する
– 品質、ブランド、サービス、デザイン、文化的アイデンティティに軸足を置く。
– 中国製の低価格品と“同じ土俵”に乗らないよう、商品設計とメッセージを練る。
4. プラットフォーム依存リスクを意識してブランド資産を蓄積する
– プラットフォームのルール変更や手数料改定は避けられない前提とし、自社ブランドの認知・ファンづくりを並行して進める。
5. 政策・規制の動きは必ずフォローする
– セラー団体とTDPAの対話の行方次第で、手数料水準やビジネスルールが変わる可能性がある。
– 長期的な投資や在庫を抱える前に、こうした制度面の変化リスクも念頭に置く。
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タイのEC市場は、仏暦2566年時点で4,000万〜5,000万人規模のユーザーを抱える巨大な販売チャネルへと成長しました。その裏側では、手数料をめぐる緊張と、プラットフォームの役割と責任を問い直す議論が加速しています。
日本人としてタイで個人起業を志すのであれば、この「プラットフォームを巡る攻防」を冷静に読み解き、
– 手数料と引き換えに得られる価値は何か
– どのプラットフォームとどのような関係を築くのか
– 価格以外のどの軸で競争するのか
を、一つひとつ戦略的に考えることが欠かせません。タイのデジタル経済の成長とともに、自らのビジネスも持続的にスケールさせるための視点が、まさに今、問われています。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3255620/ecommerce-platforms-defend-rising-fees
