タイで個人起業を考える日本人へ——「日本食ブーム」の曲がり角をどう読むか
タイは仏暦を用い、西暦2023年は仏暦2566年にあたる国だ。そのバンコクを中心に、日本食レストランは長く右肩上がりで増え続けてきた。しかし、その流れに明らかな変化が出ている。
いま、タイで個人起業、とりわけ飲食や日本食業態での開業を考える日本人は、この「曲がり角」を冷静に読む必要がある。
日本食レストランは初の減少、それでも市場は「終わっていない」
日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所の調査によると、タイ国内の日本食レストランは2025年時点で5,781店。前年2024年から2.2%減少し、2007年の統計開始以来、初めてのマイナスに転じた。
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地域別に見ると、
– バンコク都:▲2.3%
– バンコク近郊県(ノンタブリ、パトゥムターニー、ナコーンパトム、サムットソンクラーム、サムットプラカーン):▲3.1%
– その他地方:▲1.9%
と、都心から地方まで広く減少が見られる。
数字だけ見れば「日本食ブームの終焉」とも読みたくなるが、現場の声は異なる。日本食レストラン関係者は、「新規参入」と「閉店」が同時進行する状態が続くと見ており、市場の“新陳代謝”が加速している段階だと捉えている。
ポイントは、
– 「なんとなく日本食」の店が淘汰され始めた一方で
– 明確なコンセプトと強みを持つ店には、依然として出店余地がある
という、選別のフェーズに入ったことだろう。
景気減速と物価高の中で、それでも攻める企業たち
タイ経済は減速感が続き、消費者は「価格対価値」をこれまで以上に厳しく見るようになっている。それでも、タイ市場を攻める日本食ブランドは少なくない。
マグログループ:マス市場を意識した「価格再設計」と多ブランド展開
バンコクの日本食チェーン大手、Maguro Group Plcは2025年も積極的な出店を続ける構えだ。
– セントラルワールドには日本カレー専門店「Ippe Koppe」を新規オープン
– 「One Bangkok」には伝統的な日本料理店「Bincho」の2号店を出店
と、同じ日本食でも業態を細かく分けてポートフォリオを組んでいる。
同グループのジャックリット・サイソンブンCEOは、景気減速で消費者が「お値打ち感」を重視していることを踏まえ、
– 既存ブランドの「Maguro」
– 一人鍋業態の「Hitori Shabu」
で、より手頃な価格帯を打ち出すと明言している。狙いは、
– マス層への浸透
– リピート来店の増加
だ。2026年末までにトータル73店舗体制を目標に、2025年中に20店舗を新規出店する計画を進めている。
シナジー(日本):ターゲットはあくまで「ローカル客」
日本の飲食企業であるSynergy Co Ltdも、2025年にタイ市場へ参入した。
バンコク・セントラルワールドにうどん店「Tayuto」の1号店を開き、3年で5店舗体制を目指す。
特徴的なのは、ターゲットを明確に「タイ人ローカル客」と位置づけている点だ。
物価高や景気不透明感が意識される一方で、「バンコクの外食客は依然としてお金を使っている」と判断し、ビジネスチャンスありと見ている。
個人起業家の視点で見れば、
– 大手は複数ブランドを使い分けながらマス層へ広く浸透を狙う
– 新規参入の日本企業も、観光客頼みではなくローカル需要を取りに行く
という動きが鮮明になっている。
「日本人向け」「日本人駐在員向け」という発想だけでは、もはや戦えない市場だという現実が浮かび上がる。
タイで個人起業する日本人が学ぶべき5つの示唆
こうした企業事例と市場データから、タイで個人起業を考える日本人が押さえておくべきポイントは少なくとも5つある。
1. 「何でも屋」ではなく専門性を絞る
調査では、今後成長が期待される店として、
– ポジショニングが明確
– 専門性の高いメニュー
– 強いストーリーテリング
– 印象に残る顧客体験
を持つ店が挙げられている。
カレー専門の「Ippe Koppe」、うどんに絞った「Tayuto」は、その典型だろう。
個人事業であればなおさら、
– 「このメニューならこの店」
– 「この地域でこのジャンルならここ」
と記憶されるくらい、業態とメニューを絞ることが重要になる。
2. タイ人ローカル客を主役に据える
Synergyが明言するように、いまのバンコクではローカル客が外食市場の主役だ。
大手も、価格調整を通じてマス市場への浸透を狙っている。
個人起業家にとっても、
– 日本人駐在員や観光客は「プラスアルファ」
– 売上の軸はタイ人ローカルとその日常需要
という発想転換が不可欠だろう。
店名、メニュー名、価格帯、プロモーションの設計も、「ローカルにどう伝わるか」を起点に組み立てたい。
3. 「価格」ではなく「価値」で競う
景気減速下では、消費者が価格に敏感になるのは当然だ。
Maguro Groupが示したのは、単なる値下げではなく、
– メニュー構成の見直し
– 手の届きやすい価格帯の設定
を通じて、体感的なコストパフォーマンスを高めるアプローチである。
個人店でも応用できる考え方として、
– 「この値段なら納得」と感じさせるポーションやセット構成
– 一見安くても、満足感が薄いメニューは避ける
– 逆に、看板商品には多少強気の価格をつけても、体験価値で納得させる
といった工夫が鍵になる。
4. ローカライズと「トレンド感」をどう織り込むか
調査に携わる関係者は、
– 「トレンディな日本食レストラン」の増加
– 「ローカライズされた日本食」の広がり
を見込んでいる。
これは、
– 伝統的な日本食をベースにしつつ、現地の味覚や食習慣を織り込んだアレンジ
– 店づくりやメニュー構成に、SNS映えや話題性といった“トレンド要素”を組み合わせる
という方向性だ。
個人起業家にとっても、
– 日本の「本物」をそのまま持ち込むだけでなく
– 「タイでどう受け止められるか」を前提に、日本的要素とローカル要素を編集し直す
という発想が求められる。
5. 小さく始め、大きなプレーヤーと「違う土俵」で戦う
Maguro Groupのように、20店舗単位での出店計画を描けるプレーヤーと、個人事業者が同じ土俵で戦うのは現実的ではない。
むしろ個人の強みは、
– 意思決定と現場改善のスピード
– 顧客との距離の近さ
– コンセプトの一貫性
にある。
大手チェーンが取りづらい、
– 小商圏・ニッチな立地
– 手間がかかるがファンを掴めるメニューやサービス
– 店主のキャラクターや物語性を前面に出した店づくり
といった領域で勝負する方が、現実的な戦い方だ。
「増え続ける市場」から「選ばれる店」へ
2007年以降、増え続ける一方だったタイの日本食レストラン市場は、2025年になって初めて全体としての減少に転じた。
それでも、大手チェーンも日本企業も、タイ市場への攻めの姿勢を崩していない。
タイで個人起業を考える日本人にとって、この状況は
– 「何をやっても伸びる成長市場」から
– 「明確な強みを持てば、まだ伸びる選別市場」
への移行を意味する。
仏暦2566年=西暦2023年前後から続く、タイ経済と消費行動の変化を前提に、
– 誰を顧客にするのか
– 何で選ばれる店にするのか
– どんな物語と体験を売るのか
を起業前から言語化できるかどうかが、生き残りの分岐点になる。
数字と現場事例が示すのは、「ブーム頼みではなく、戦略と設計で勝負する時代が来た」という厳しくも明確なメッセージである。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3245894/japanese-restaurants-expand-despite-dip
