タイで個人起業を目指す日本人のためのエネルギー最新事情
―セルフ式給油とB20バイオディーゼルのビジネスインパクト
タイで個人起業を志す日本人にとって、燃料・エネルギー市場の変化は見落としがちなテーマだが、実はコスト構造やサービス設計に直結する。
タイでは西暦と仏暦が併用されており、たとえば西暦2023年は仏暦2566年に相当する。カレンダーの違いを意識しつつ、足元で起きている「セルフ式給油」と「B20バイオディーゼル」の動きを押さえておくと、事業計画の精度が上がる。
以下では、タイ国営系PTTグループの小売部門であるPTT Oil and Retail Business(OR)と、民間系のBangchak Corporation(バンチャック)が仕掛ける2つのトレンドを整理し、日本人の個人起業家にとっての示唆をまとめる。
この記事の目次
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セルフ式給油市場テスト:人件費上昇と「待ち時間」短縮の両にらみ
ORが始めたセルフ式給油の中身
PTTグループの石油小売会社ORは、ガソリンスタンドでのセルフ式給油システムの市場テストを進めている。
正式なセルフオプションは4月初旬にスタートし、利用者はスタッフに頼らず自分で給油できる仕組みだ。
特徴は次の通りである。
– 即時割引:セルフ利用者には1リットル当たり0.40バーツの割引
– 決済手段:スマホの「Blueplus+」アプリ、もしくはPTT会員カードで支払い可能
– 最低購入量の条件なし:割引を受けるための最低給油量は不要
– 店舗展開:すでに11カ所で展開し、年末までに50カ所超への拡大を計画
– 利用可能スタンドの確認:Blueplus+アプリで対象スタンドを確認できる
ORのCEOであるML Peekthong Thongyai氏は、狙いとして
– ピーク時の待ち時間短縮
– 「スピード」と「バリュー」を求める消費者ニーズへの対応
– 将来の労働力不足と最低賃金上昇への備え
を挙げている。コンセプトとしては「easy & smart」、すなわち顧客自身がサービスプロセスを完全にコントロールする形だ。
Bangchakも参入、市場テストは15年以上継続
セルフ式給油の試みは、タイではすでに15年以上続いている。
現時点でセルフ式スタンドを運営しているのは、OR(PTT Station)とBangchakの2社のみで、米国や欧州のように「主流」になるには至っていない。
Bangchakは2005年にセルフ式を先行導入したパイオニアであり、
– 1リットル当たり0.30バーツの割引
– 2023年3月時点で40カ所までネットワークを拡大
という実績を持つ。両社ともに、目的は「ピーク需要時の混雑緩和」と「より手頃なエネルギーアクセスの提供」にある。
日本人個人起業家にとっての意味
タイで個人事業を立ち上げる日本人にとって、このセルフ式給油の動きは少なくとも3つのポイントで重要だ。
1. 人件費と自動化の方向性を読む材料になる
– ORのトップ自らが、「労働力不足」と「最低賃金の上昇」をセルフ化推進の要因と挙げている。
– これは、ガソリンスタンドに限らず小売・サービス全般で、自動化・セルフサービスが進む可能性を示唆する。
– 個人経営のカフェや小売店であっても、将来の人件費上昇を見据えた業務設計(セルフオーダー、事前決済など)を検討する価値がある。
2. 「スピード」と「バリュー」が競争軸になっている
– 割引と待ち時間短縮を前面に出している点から、タイの消費者が価格だけでなく「早さ」に強い価値を感じていることが読み取れる。
– デリバリー、送迎、クリーニングなど時間価値に関わるサービスを起業する場合、「どこで待ち時間を削るか」を明確に設計することが差別化要因になり得る。
3. デジタル決済・会員アプリが前提になりつつある
– Blueplus+アプリや会員カード経由での支払いが前提ということは、燃料購入の場が「データ取得の接点」にもなっていることを意味する。
– BtoCビジネスを立ち上げる際、自社アプリや会員制度まで用意できなくとも、既存のアプリ・ポイント経済圏との連携を視野に入れておいた方がよい。
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B20バイオディーゼル拡大:輸入油価リスクとコスト削減の手段
B20とは何か
ORとBangchakは、セルフ式給油と並行して、B20バイオディーゼルの販売拡大にも動いている。
B20とは、
– 80%が通常のディーゼル
– 20%がパーム油由来のメチルエステル
という配合の燃料である。従来主流のB7(メチルエステルが7%)と比べると、B20の方が安価だ。
これまでは、主に油槽所から企業向けに直接販売されてきたが、両社はガソリンスタンドでの販売に踏み出した。ターゲットは、
– 交通・運輸業
– 工業用途
– 農業用途
のユーザーである。
BangchakとORの展開状況
Bangchak側の展開はこうだ。
– サムットソンクラーム県アンパワー地区と、チョンブリ県シラチャ地区の2カ所でB20販売をパイロット開始
– その後、全国40カ所のサービス拠点へと拡大予定
一方、ORは
– サラブリのPTT Station
– ソンクラー県シンガナコンのPTT Station
で試験販売を開始している。
両社は、B20拡大の狙いとして、
– 変動の激しい原油輸入への依存度を下げること
– 国内で生産されるパーム油ベースのバイオディーゼル利用を促進すること
を掲げる。
B20が日本人起業家にもたらす可能性
ディーゼル車両やディーゼル発電機を使う個人事業には、コスト・リスク両面でインパクトがある。
1. 物流・配達ビジネスの燃料コストに直接効く
– ターゲットが「交通・運輸」である以上、配達代行、地域物流、小規模のシャトルサービスなど、ディーゼル車を用いる個人事業にとってB20は有力な選択肢になり得る。
– B7より安価であることが明示されているため、多数の車両を運用しない個人事業であっても、年間で見れば一定のコスト差が出てくる可能性がある。
2. 農業・小規模工業との組み合わせで優位性を作れる
– B20は農業・工業ユーザーも対象としている。
– タイの地方で、日本式農業技術や加工技術をベースにした小規模ビジネスを考える場合、B20対応の設備・車両を活用できれば、ランニングコストの抑制につながる可能性がある。
3. エネルギー調達リスクを分散する意識が重要に
– 両社が「輸入油価の変動リスク軽減」を前面に出していることから、事業者側も「燃料価格のボラティリティ」を前提にした計画が求められる。
– 価格変動が事業収支に直結するモデル(輸送費込みの定額サービスなど)を検討する際には、B20など代替燃料の利用余地を織り込んでおく方が安全だろう。
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個人起業家のための実務的チェックポイント
タイでこれから個人起業をする日本人にとって、ORとBangchakの動きは、単なる「ガソリンスタンドの話」にとどまらない。事業計画を立てる際、次の点を具体的に確認しておきたい。
1. 事業エリア周辺のセルフ式スタンドとB20取扱スタンドの有無
– Blueplus+アプリ等で、開業予定エリアの近隣にセルフ式PTT Stationがあるかどうかを事前に把握しておく。
– 物流・農業・工業用途を視野に入れる場合、B20を扱うORやBangchakのスタンドがどこにあるかも確認しておく。
2. ビジネスモデル上の「人件費」と「時間価値」の位置づけ
– ORがセルフ化に踏み切った背景に、労働力不足と最低賃金上昇があることを意識し、自身のビジネスでも「人手をかける部分」と「セルフ化する部分」をあらかじめ線引きしておく。
– 顧客が「速さ」と「値ごろ感」をどう評価するのかを、サービス設計時から織り込む。
3. 燃料価格変動を想定した損益シミュレーション
– ディーゼル車やディーゼル発電を使う場合、B7とB20など複数の燃料シナリオで簡易的に損益を試算しておく。
– 特に、輸送コストを固定料金に含めるビジネスでは、価格変動リスクをどこまで自社が負担できるかを見極める必要がある。
4. デジタル決済インフラとの親和性
– ORのセルフ式給油では、アプリや会員カードでの決済が前提になっている。
– 自らのビジネスでも、現金主義にとどまらず、アプリ決済やポイント連携など「データが残る」決済手段をどこまで取り込むかを検討しておくと、後々のCRMやマーケティングにも活かしやすい。
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まとめ:エネルギーの変化は「周辺情報」ではない
タイの燃料市場では、
– セルフ式給油の本格的な市場テスト
– B20バイオディーゼルのスタンド販売拡大
という2つの動きが同時進行している。いずれも、
– 労働力不足・最低賃金上昇への対応
– ピーク時の混雑緩和と価格メリットの提供
– 輸入原油依存のリスク軽減と国内パーム油産業の活用
といった、タイ経済の構造変化を映し出している。
日本人の個人起業家にとって、こうしたエネルギー分野の変化は一見「本業から遠い話」に見えるかもしれない。しかし、輸送費、電力代、人件費、顧客の時間価値といった要素を通じて、最終的には自らの損益計算書に跳ね返ってくる。
タイ暦と西暦がずれているように、現地の時間軸やコスト構造は日本と同じではない。仏暦2566年(西暦2023年)を一つの節目ととらえ、エネルギーと労働をめぐるトレンドを的確に読み込みながら、事業モデルを設計していくことが、タイでの個人起業成功の前提条件になりつつある。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3240093/or-launches-selfservice-fuel-pilot
