米国最高裁のトランプ関税違法判断と、タイで個人起業する日本人への実務的インパクト
タイで個人起業を目指す日本人にとって、「米国最高裁がトランプ政権の関税を違法と判断した」というニュースは、一見すると遠い世界の出来事に見えるかもしれない。だが、実際にはグローバルサプライチェーンに組み込まれるタイ拠点の小規模事業者にとって、ビジネスモデルの前提を揺るがしかねないシグナルでもある。
タイ暦2566年(西暦2023年)以降に本格化するであろう個人起業ブームを念頭に、この判決が示す「国家レベルの関税ゲーム」と、それにどう備えるべきかを整理しておきたい。
IEEPA関税違法化が示した、ルール変更のスピードと規模
米国最高裁は、保守派多数の構成でありながら6対3で、国際緊急経済権限法(IEEPA)が大統領に関税賦課を認めていないと判断した。これは、トランプ大統領が「国家緊急事態」を根拠に、ほぼ全ての米国の貿易相手国に一方的に広げていた関税の半分程度を、法的根拠から切り離したことを意味する。
この記事の目次
判決のポイントは三つある。
1. 関税の規模
– IEEPAを根拠とする関税だけで、ペン・ウォートン予算モデルの推計では1,750億ドル超が徴収済みとされる。
– これはトランプ関税全体の収入の過半を占めるとされ、
– さらに全ての現行関税が維持された場合、今後10年間で年3,000億ドル規模の歳入を生むとの推計もある。
– 実際に2025会計年度の米国の通関収入は1,950億ドルと過去最高を記録した。
規模感として、日本やタイの個人起業家から見ると「国家財政レベル」の話だが、その裏側には、サプライチェーンの末端にいる中小の輸入業者・小売業者のコスト負担が積み上がっている。
2. 小規模事業者と州政府が勝った構図
– ワシントン所在の連邦巡回控訴裁は、輸入ビジネスを営む5つの小規模企業と、複数州政府(アリゾナ、コロラド、コネティカットなど)の主張を支持。
– 別件では、家族経営のおもちゃ会社「Learning Resources」の訴えも認められた。
つまり、巨大な関税政策を止めたのは、最終的には「小さな輸入企業」と「州」が積み上げた訴訟だった。これは、グローバルな制度変更が、決して大企業だけのゲームではないことを示す。
3. 返金の混乱リスク
– 関税の返金を巡って、最高裁は具体的な指針を示さず、下級審に判断を委ねた。
– 反対意見を書いたカバノー判事は、返金プロセスは「混乱(mess)になる」と警告している。
すでに徴収された1,750億ドル超に対する扱いが不透明なまま進む可能性が高く、「徴収は一瞬、返金は長期戦」という構図が改めて浮き彫りになった。
この判決を受けてホワイトハウスは、他の法律を根拠に関税を「付け替える」方針を明言している。国家安全保障を盾にした関税条項や、不公正な貿易慣行への報復関税条項などが候補だが、いずれもIEEPAほどの即時性・柔軟性は持たないとされる。
それでも、「関税を外交・安全保障の道具として使う」という路線自体は維持される公算が大きい。判決は、ツールを一つ奪ったに過ぎず、ゲーム自体は続くという構図だ。
タイで個人起業する日本人が読むべき3つの示唆
こうした米国の動きは、バンコクやチェンマイで小さな工房やネット通販、輸出入ビジネスを構想している日本人にとって、どのような意味を持つのか。実務的なポイントを三つに絞ってみたい。
① 「国家の一手」が一夜でビジネスモデルを変える
トランプ政権は、第2期の発足後すぐに関税をテコにした「事実上の貿易戦争」を仕掛け、多くの貿易相手国との関係を悪化させ、金融市場を揺らし、世界経済に不確実性をもたらしたと評されている。
その後、最高裁の判断でIEEPA関税の大部分が違法とされ、「ゲームのルール」が再び書き換えられた。
タイで個人起業し、例えば次のようなビジネスを構想している場合、こうした「一夜にして変わるルール」に巻き込まれる可能性を意識する必要がある。
– タイで製造した雑貨や食品の米国向け輸出を視野に入れるケース
– 米企業向けOEM・ODM生産の一部工程をタイで請け負うケース
– 米国からの輸入品を仕入れて、タイや日本向けに再販するケース
関税率の数%の変動でも、利幅の薄い個人事業レベルでは利益が吹き飛ぶ可能性がある。しかも、その関税自体が後から違法とされ、返金のプロセスは不透明――というのが今回浮き彫りになった構図だ。
教訓:
価格設定・仕入れ条件・販売契約を組む際、「関税が変わる前提」をどこまで織り込めるかが、生き残りの分かれ目になる。
② 「返ってくるはずのカネ」は、資金繰りに入れない
IEEPA関税を巡っては、すでに徴収された1,750億ドル超をどう扱うかが焦点になるが、最高裁は具体的な返金スキームを示さなかった。カバノー判事が指摘した通り、「返金は混乱する」可能性が高い。
タイで個人事業を営む日本人にとって、ここから導かれる実務的な教訓は明快だ。
– 関税や各種規制が後から違法とされても、「すぐ返ってくる」とは想定しない
– 返金を前提にしたキャッシュフロー計画は組まない
– 返ってきた場合は「ボーナス」と位置づけ、あくまで保守的に資金繰りを組む
特に、
– 米国向け輸出の際に上乗せされた関税、
– 米国からの輸入品にかかる追加関税
などは、「返るかもしれないが、返らない前提で動く」くらいが安全圏だ。
資金余力の乏しい個人事業では、「返金待ち」が長期化した瞬間に、運転資金が詰まるリスクがある。今回の判決とその後の返金プロセスは、その典型例として注視すべきだろう。
③ 大統領の「ゲーム2」発言に学ぶ、シナリオ思考
トランプ大統領は、最高裁が口頭弁論を行った段階から、もしIEEPA関税が否定された場合は「ゲーム2(第2ラウンド)のプラン」を検討すると述べていた。実際、財務長官らは、国家安全保障や不公正貿易慣行を根拠にした別の関税オプションを列挙し、「可能な限り既存の関税を維持する」としている。
国家レベルではあっても、これは個人起業にもそのまま当てはまる発想だ。
– ある売上の柱(例えば米国向け販売)が、関税や規制で大きく毀損される
– そのときに「ゲーム2」を即座に動かせるか
– 別市場への販路シフト
– 仕入れ先・生産地の組み替え
– 価格帯・商品ラインの見直し
タイでの個人起業計画を立てる際には、少なくとも以下の二段構えを意識したい。
1. ベースケース:現行の関税・規制が続く前提の利益計画
2. ショックケース:米国など主要市場が関税・規制で目減りした場合の代替シナリオ
大統領レベルでさえ「ゲーム2」を公言せざるを得ないほど、貿易政策の変動は常態化している。個人起業家も、「一枚目の計画が崩れる前提」で二枚目三枚目のプランを用意しておく必要がある。
タイ拠点の個人事業者が今からできるチェックリスト
最後に、タイで個人起業を目指す日本人が、今回の判決を踏まえて今から着手できる「現実的な確認事項」を挙げておく。
1. ビジネスモデルが米国関税にどれだけ依存しているかを把握する
– 直接米国に輸出する場合だけでなく、取引先の取引先が米国向けかどうかも含めて、可能な範囲でヒアリングしておく。
– 「米国向け比率が高い先ほど、関税ショックを受けやすい」という感覚を持つ。
2. 価格決定の余裕度を検証する
– 関税や輸送コストが上振れした場合、どこまでマージンを削れるか、あらかじめ試算しておく。
– 「この水準を下回ったら撤退・モデル変更」というラインを明確にしておく。
3. 契約・取引条件に「コスト変動時の分担ルール」を盛り込む発想を持つ
– 具体的な条文は専門家に委ねるとしても、関税や規制の変更時に、
– 誰がどこまでコストを負担するのか
– 価格をどの頻度で見直すのか
といった原則を、取引先との初期交渉段階から話題に乗せておく。
4. 政策ニュースの「読み方」をアップデートする
– 今回のように、
– 大統領が法律(IEEPA)をどう解釈して関税をかけたのか
– 最高裁がその解釈をどう退けたのか
– その後、政府がどの法律に「付け替え」ようとしているのか
という「政策の流れ」を意識してニュースを追う習慣をつける。
– 単に「関税が上がった/下がった」だけでなく、「その根拠となる法的ツール」が何かを押さえることで、次に起こりうる展開を読みやすくなる。
5. 「小規模事業者でもゲームの一部」という自覚を持つ
– 今回の一連の訴訟で、輸入を行う5つの小規模企業や、家族経営のおもちゃ会社が判決を引き出す一因となった。
– タイでの個人起業でも、業界団体や取引先と連携しながら、自らの事業環境を形作るゲームの一部であるという視点を持つことが、長期的にはリスク管理につながる。
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米国の関税政策を巡る攻防は、国家主権と司法、そして小規模事業者の利害が絡み合う、典型的な「21世紀の通商政治」の縮図だ。
タイで個人起業を志す日本人にとって重要なのは、その全体像を完璧に理解することではない。むしろ、
– ルールは大きく、そして突然変わる
– 返金や救済は時間がかかり、確実ではない
– だからこそ、価格・契約・市場の三つを柔軟に設計する
というシンプルな原則を、起業初期の段階からビジネス設計に織り込んでおくことだろう。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3201763/us-supreme-court-strikes-down-trumps-tariffs
