バンコクが東南アジアで最も速いペースで超富裕層を増やしている。超富裕層の多くは、自力で事業を築いた起業家だ。個人での起業を考える日本人にとって、どんなビジネスが「富裕層マネー」の近くに位置取りできるのかが、今後のカギになる。
東南アジア最速の「富裕層ハブ」バンコク
資産3,000万ドル超の「超富裕層(UHNW)」が、バンコクで急増している。ウェルスインテリジェンス会社アルトラタの「World Ultra Wealth Report 2026」によると、2025年時点でタイには2,090人の超富裕層がいる。このうち1,210人がバンコクを主な居住地としている。
同報告書は、バンコクの超富裕層人口が2030年に約1,840人へ増えると予測する。2025年から5年で50%超の増加で、年平均8.7%の伸びという計算だ。名目GDPで世界の都市上位100の中では、バンコクは超富裕層人口の成長率で12位。ジャカルタを上回り、東南アジアで最も速く富裕層が増える「ウェルスハブ」と位置づけられた。
アルトラタのマヤ・インバーグ氏は「バンコクは国内の起業家精神の強さと、国際的な魅力を兼ね備えている」と指摘する。今後5年で超富裕層人口の拡大スピードは主要都市の中でも上位に入るとされ、バンコクは「新興グローバル富裕センター」としての地位を固めつつある。
この記事の目次
日本人の個人起業家にとって重要なのは、「バンコクでお金持ちが増えている」という表層ではなく、「どんな産業で、どんなタイプの富裕層が生まれているか」を押さえることにある。そこから、どの市場を狙うかの現実的な絵が描ける。
超富裕層を生む4つの柱産業
バンコクの富裕層を支えるのは、一つの産業ではない。インバーグ氏は「幅広い産業基盤が富の拡大を支えている」とし、その中核に
不動産
ホスピタリティ・エンターテインメント
銀行・金融
ビジネス・コンシューマーサービス
の4分野を挙げる。
不動産とホスピタリティは、ホテル、サービスアパート、娯楽施設など、バンコクらしい「場」をつくる産業である。こうしたプロジェクトの背後には、多額の投資と、それを動かす起業家がいる。彼らにとって、建築、内装、運営、マーケティング、顧客体験の設計など、周辺サービスのニーズは尽きない。
銀行・金融は、資産運用や資金調達を通じて富裕層と密接につながる分野だ。ビジネス・コンシューマーサービスはさらに裾野が広く、BtoBコンサルティングから、富裕層向けの各種サービス産業までを含むとみられる。
日本人が個人で起業する場合、いきなり不動産開発や銀行業に参入するのは現実的でない。一方で、これら4分野に「サービス提供者」としてぶら下がる形なら、少人数・小資本でも入り込む余地はある。富裕層が増える都市では、
- 不動産・ホテルの価値を高めるための専門サービス
- 富裕層やそのビジネスを支えるBtoBサービス
- コンシューマーサービスの高付加価値ニッチ
のいずれかに、需要が集中しやすい構図が見えてくる。
「自力で築いた富」と起業家ネットワーク
同報告書によると、バンコクの超富裕層の大半は「自力で富を築いた起業家」である。多くは事業の初期段階で家族からの資本的支援を受けているが、「完全に相続のみで富を得た層」は1割に満たないという。
この点は、バンコクでのビジネスの組み立て方に影響する。相続資産に依存する富裕層より、自ら事業を立ち上げた起業家の方が、新しいサービスやビジネスへの投資に前向きであるケースが多いとみられる。意思決定も速く、リスクをとる感度も高い層だ。
さらに、アルトラタは富裕層の「モビリティ」にも言及する。超富裕層の起業家は、複数の国で投資し、働き、暮らす傾向を強めているとされる。バンコクを拠点にしつつ、他の国にネットワークを持つ富裕層も多いとみられる。
日本人の個人起業家にとっては、こうした「自力で登ってきた起業家」とどう接点を持つかが一つのテーマだ。彼らの事業運営上の課題を丁寧に拾い、ピンポイントなソリューションを提供できれば、小さな会社でも国際的なネットワークに入り込むチャンスが生まれる。
世界的な富裕層拡大とバンコクのポジション
アルトラタによると、世界の超富裕層人口は2025年に556,850人と過去最多となった。前年比14.4%増で、2年連続の2桁成長である。超富裕層の合計資産は63.8兆ドルと、米国の年間GDPの2倍超の規模だ。
2030年には超富裕層人口が746,570人、合計資産は85兆ドルに達する見通しとされる。今後の富の創出を牽引するのは、テクノロジーの変革、プライベートキャピタルの拡大、AIやエネルギー転換、デジタルインフラを軸にした「世界経済の再構築」と位置づけられている。
具体的に成長が期待される分野として、
- プライベートクレジット
- ネットワークインフラ
- ディフェンステクノロジー
- 再生可能エネルギー
- バイオテクノロジー
- 先端製造業
が挙げられる。
一方、地域全体で見ると、金融サービスは依然として超富裕層にとっての「主力産業」とされる。ビジネス・コンシューマーサービスがそれに続く構図だ。
バンコクの現在の富裕層を生む4分野(不動産、ホスピタリティ、金融、ビジネス・コンシューマーサービス)は、この世界的潮流と無縁ではない。たとえば、AIやデジタルインフラを活用したホテル運営支援、不動産関連のテクノロジー、富裕層向けの新しい金融・ビジネスサービスなど、「既存の柱産業」と「新しい成長テーマ」の接点に、個人起業にも届く市場の芽が潜む。
若いアジア富裕層と女性マネー
報告書によれば、アジアの超富裕層は他地域に比べて若い。北米の超富裕層が最も高齢化しているのに対し、アジアは若年層の比率が高いとされる。
また、アジアの超富裕層に占める女性の比率は13%で、地域別では最も高い水準にある。世界全体では女性の比率は12%だが、2040年までに19%へ上昇するとの見通しが示された。背景には、富の分散、女性起業家の増加、世代間の資産移転の拡大があるとされる。
バンコクで事業を構想する日本人にとって、この「若い富裕層」と「増える女性富裕層」は、顧客像のヒントになる。デジタルに慣れた若い起業家や、事業を持つ女性富裕層にとって、どんなサービスやプロダクトが「時間を節約し、信用を高め、世界とのつながりを広げる」のか。そこからサービス設計を逆算する発想が求められる。
個人起業家が取るべき立ち位置
超富裕層は世界のミリオネア全体の1.1%に過ぎないが、その資産の32%を握る。投資可能資産だけでも26兆ドル、ラグジュアリー消費は年2820億ドル、フィランソロピーへの拠出は年2200億ドル規模に達しているとされる。
バンコクは、その超富裕層がもっとも速いペースで増えている都市の一つだ。とはいえ、日本人の個人起業家が、いきなり超富裕層本人を相手にビジネスを組み立てる必要はない。むしろ、
- 超富裕層を顧客とするタイ企業を支えるBtoBサービス
- 富裕層のライフスタイルや事業運営を間接的に支えるニッチ市場
- グローバルな富裕層の潮流と、バンコクの現場をつなぐ「通訳」的な役割
といったポジションが現実的だといえそうだ。
今後、テクノロジーやエネルギー転換など、世界の富を動かすテーマはさらに多様になる。その中で、バンコクは「富裕層が増える都市」として、東南アジアでの存在感を増すとみられる。日本人の個人起業家に求められるのは、この都市で伸びている産業と、世界の富裕層の長期トレンドを俯瞰しつつ、自分の強みをどこに差し込むかを早めに見極めることだ。富裕層を追いかけるのではなく、その一歩先の課題を先回りして解く──そんな目線が、バンコクでの起業を「成長する富の流れ」と結びつける試金石になる。
