タイの銀行セクターでは、不良債権(NPL)が高止まりし、融資の伸びも鈍い状態が今後数年続くとみられている。タイでの個人起業や小規模ビジネスを目指す日本人にとっては、「銀行借入に依存しにくい環境」が続く一方、「銀行システム自体の安定性は高い」という現実を踏まえた資金計画が必要になる。
不良債権の高止まりと鈍い融資成長
格付け会社フィッチ・レーティングスの推計によると、タイの銀行セクターのNPL比率は約4%と、地域の同業他社の中で最も高い水準にある。今後2〜3年も、この比率は3〜4%前後で高止まりすると見込まれている。
年率の融資成長率は1〜2%程度にとどまる公算が大きい。実体経済の成長率も3%を下回る低迷が続くと予測され、銀行の貸し出し姿勢はどうしても慎重になりやすい局面である。
フィッチはタイの銀行セクターの格付け見通し自体は「安定的」としている。ただ産業としての見通しは、2025年末と2026年半ばのいずれも「悪化方向」のままだったと説明している。構造的に、利益成長よりも与信コストへの警戒が優先される局面といえる。
新興国全体でみると、中国、インド、マレーシア、タイの格付け見通しは安定的とされる。一方、インドネシアとフィリピンは安定的/ネガティブの組み合わせで、2026年の銀行セクター見通しでは、インド、インドネシア、マレーシアが中立を維持すると予想されている。
中小企業に集中するリスクと日本人起業家への含意
タイ中央銀行(Bank of Thailand)は、2026年の金融安定化報告書で、銀行システムにおける信用リスクの上昇に懸念を示した。ただし現時点では「管理可能な水準」に収まっていると評価する。
信用リスクの上昇は、主に家計と企業のうち、金融的に脆弱な層で起きている。とりわけ、中小企業(SME)と低所得家計で、債務返済能力が弱まったことが原因とされる。タイで個人事業や小規模法人を立ち上げる日本人も、銀行からみればこのSMEセグメントに分類される可能性が高く、影響は無視できない。
2024年第2四半期時点で、SMEのNPL比率は8.81%と、前四半期の9.16%からは低下した。それでも依然として高水準という印象は否めない。しかも「脆弱なSME」は、延滞予備軍とされるステージ2に分類された貸出の8割、NPLに悪化した貸出の53.1%を占めていた。
銀行側から見れば、SME向け融資はリスクが高いポートフォリオという位置づけになる。返済能力を示す資料やビジネスプランへの要求水準が上がり、新規起業の段階では、より厳しい審査を覚悟した方がよいだろう。
NPL処理の停滞と融資姿勢への波及
フィッチのイベントで講演したフィッチ・レーティングスのタイ金融機関部門トップ、パーソン・シン氏は、資産管理会社(AMC)がここ数年、銀行からのNPL買い取りを減らしていると指摘した。銀行にとっては不良債権処理の新たな課題であり、貸倒れリスクを安易に外部へ移転できない構図が強まっている。
AMC各社は、借り手の返済能力を高める経済回復を待ってから、不良資産の購入を増やそうとしているという。裏を返せば、足元では「不良債権を抱えたまま、慎重に新規融資を出す」という、守り重視のビジネスモデルになりやすい。
一方で、過去に条件変更などでリストラクチャリングした貸出が、再びNPLに逆戻りするケースも増えている。ただし、システム全体で見れば、こうした問題貸出の水準自体はまだ管理可能とされる。
タイ中央銀行は、銀行システム内の不良債権を緩和する仕組みとして、ジョイントベンチャー型AMCスキームを実施している。このスキームは、銀行とAMCが共同で問題債権を処理する枠組みであり、今後のNPL圧力緩和に一定の役割を果たすと期待される。
日本人起業家からみれば、銀行は不良債権処理で依然として手一杯な側面がある。既往貸出の「火消し」が優先される局面では、リスクの高い新規案件へのコミットは限定的になりやすいとみるのが自然である。
銀行システムの健全性と資金調達戦略
こうした課題にもかかわらず、フィッチはタイの銀行セクターが「おおむね堅固な状態を維持する」とみている。共通株式ティア1(CET1)比率が高く、アジア太平洋地域の11の銀行システムの中で3番目に位置する資本水準が、その根拠とされる。
預金者の立場からみれば、資本の厚さは「銀行が急に立ち行かなくなるリスクは低い」という安心材料になりうる。個人起業家が事業用口座をどの銀行に置くかを考える際、「収益性」よりも「安全性」が重視されている環境と理解しておきたい。
一方で、銀行の与信スタンスは、NPL比率の高止まりやSME向け貸出のリスクを踏まえ、選別色を強める公算が大きい。事業計画の前提として、「銀行融資はすぐには増えず、年1〜2%程度の伸びにとどまる」環境を折り込んでおく方が現実的だろう。
タイ経済自体の成長率が3%を下回る見通しであることも、売上計画の前提として無視できない。高成長を当て込んだ攻めの資金調達より、手元資金に余裕を持たせ、投資ペースを段階的にする慎重なアプローチがフィットしやすい局面である。
起業家が今から準備すべき視点
今後2〜3年、タイのNPL比率は3〜4%のレンジで高止まりし、銀行の融資成長も低位にとどまると予想されている。信用の出し手が守りに回る局面では、借り手側がより丁寧に「返済能力」を示すことが、これまで以上に重みを増す。
具体的には、売上予測の根拠、コスト構造、キャッシュフロー計画を、保守的な前提で積み上げる姿勢が問われる。とくにタイで初めて事業を興す日本人にとっては、日本での実績に頼るだけでなく、タイ市場での顧客獲得の道筋を数字で説明できるかどうかが鍵になるとみられる。
銀行システム自体は堅調だが、SMEを取り巻く金融環境は長期戦の様相を帯びている。だからこそ、自己資金比率を高める、初期投資を絞って身軽なビジネスモデルを選ぶ、複数の資金源を組み合わせるなど、「銀行に頼り切らない設計」が実務的な解になる。
NPL問題が徐々に整理されれば、いずれ銀行のリスク許容度も変化する可能性がある。その時に備え、いまは財務内容とトラックレコードを磨き、「いつでも銀行と対等に交渉できる企業体質」を築いておくことが、タイで起業する日本人にとって最大の武器になるだろう。
