ドイツ系素材大手コベストロが、東南アジアの成長軸としてタイを重視している。電動車、高齢化、インフラ投資が同時進行するなかで、高機能プラスチックの需要が広がる構図だ。タイで個人起業を考える日本人にとっては、「どの産業のどこに商機が出てくるのか」を具体的に示す材料になる。
コベストロが見るタイ市場の位置づけ
コベストロはハイテク高分子材料を手がけるドイツ企業で、東南アジアを石油化学成長の「戦略的な柱」と位置づける。その中核市場の一つがタイであり、同社の成長戦略のハブになりつつあるという。
背景にはタイ政府の電動車(xEV)への投資や、グリーン・循環・バイオ経済への政策的な後押しがある。こうした流れを受け、電動車向けのポリカーボネート需要が大きく伸びている。
同社の技術担当役員であるトーステン・ドライアー氏は、モビリティ、ヘルスケア・ウェルネス、建設、持続可能性主導のイノベーションという4分野に注力すると語る。これら4つで「自社の事業のおおよそ60%を占める」と説明し、世界的な用途の「背骨」を成すと位置づける。
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EVシフトが生む素材ビジネス
コベストロは、電動車の普及がポリカーボネート需要を大きく押し上げているとみる。ドライアー氏によれば、電動車では内燃機関車に比べてポリカーボネートの使用量が「2倍以上」になっているという。
タイでは電動車への投資が進み、同国はコベストロにとっての成長拠点として浮上した。ポリカーボネートは同社の世界的な用途の中核をなす素材であり、東南アジアでも拡大が期待される。
同社はタイのマプタプット工業団地に工場を構える。この拠点は地域の製造拠点として機能し、ポリカーボネートやポリウレタン、特殊フィルム、熱可塑性ポリウレタン、接着剤やコーティングを生産している。自動車やエレクトロニクスから建設、消費財に至るまで、幅広い産業を支える。
起業家の目線で見ると、電動車の増加は素材そのものだけでなく、その加工や調達、品質管理、在庫管理、技術サポートなど、周辺サービスの需要も生む。とくに中小規模の部品メーカーや工場は、大手素材メーカーとの橋渡し役を必要とする局面が出てきやすい。
同工場は顧客との協業やイノベーションの拠点としての役割も担う。高機能樹脂のサンプル評価、試作、用途開発の場として動いていることを踏まえれば、タイで起業する日本人が「現場のニーズ」と「素材メーカーの技術」をつなぐビジネスを構想しやすい環境といえる。
高齢化が押し上げるヘルスケア需要
ヘルスケア・ウェルネスも、コベストロにとって東南アジアで最も成長が速い分野の一つだ。域内の人口高齢化が進むなか、高度なヘルスケア素材の需要は今後「急増するとみられる」と同社はみている。
同社は、慢性創傷のモイスチャーバランスを調整する特殊フィルムを供給している。血糖値が高いなどの症状を抱える高齢患者の傷の治癒を早める用途を想定した素材だ。こうした素材は患者の治療アウトカムを改善する一方、医療現場での使い勝手やコストなど、新たな課題も生む。
起業家にとっては、先端素材そのものを扱うビジネスだけが選択肢ではない。高機能フィルムを使う医療機器や衛生用品のローカル展開、病院やクリニックに向けた導入支援、患者向けの情報提供や在宅ケアとの組み合わせなど、素材を起点に多様なサービス需要が派生しうる。
東南アジア全体で高齢化が進む以上、タイを拠点に域内の医療機関や介護関連プレーヤーとつながるビジネスを設計する余地は大きい。ドライアー氏が述べる通り、人口動態の変化は「機会と課題の両方」をもたらすため、その両面を織り込んだ事業設計が必要になる。
インフラ投資と建設・省エネ素材
コベストロは建設分野、とくにインフラプロジェクト向けに強い需要を見込んでいる。データセンターや太陽光発電設備、建物の改修など、持続可能性目標に沿ったプロジェクトが同社製品の需要を押し上げるとする見立てだ。
東南アジアでは近代化の取り組みが進んでいる。これに伴い、建設現場では高機能で環境負荷の小さい素材が求められやすい。コベストロのような素材メーカーの製品は、こうした流れを支える存在という位置づけになる。
タイのマプタプット拠点は、建設や消費財分野にも素材を供給している。建材、内装、断熱や防水など、さまざまな用途で高機能プラスチックが使われる可能性がある。素材の特性と現場の課題を理解し、それを組み合わせて提案できるプレーヤーは、サプライチェーンの中で存在感を高めやすい。
建設・インフラ関連で起業する場合、素材メーカーと施工現場の間に入り、仕様選定やコスト試算、調達・在庫管理を一体で支える形も考えられる。既存の建物の改修や省エネ化は、今後も継続的に生じる需要であり、短期ではなく長期の案件パイプラインを築きやすい領域である。
地政学リスクと価格ボラティリティへの備え
ドライアー氏は、市場の先行きについて楽観一辺倒ではない姿勢も示す。東南アジアの見通しは明るい一方、中東での紛争が2026年後半の石油化学価格を混乱させる可能性があると警戒する。
同氏は、年初の石油化学業界は「景気循環的で変動しやすかった」と振り返り、地政学的な不確実性が高いなかで市場のボラティリティが続いていると指摘する。向こう数カ月で不確実性はやや和らぐとみるものの、多くは現在進行中の危機の結果次第という見方だ。
これは、大企業だけでなく、素材に依存する中小ビジネスにも直接響く。原材料価格の変動は、在庫を抱えるタイミング、契約期間や価格条件の決め方、為替リスクの取り方など、実務面の判断に直結する。
タイで起業する日本人にとっては、価格変動を前提にした事業計画づくりが重要になる。単年度の収支だけでなく、数年単位で原材料価格が振れるシナリオを描き、どこまでを自社で吸収し、どこからを顧客と分担するのか、早い段階からルールを決めておきたいところだ。
タイ発・素材エコシステムへの入り方
コベストロのタイ工場は、単なる製造拠点にとどまらず、顧客との協業とイノベーションのハブとして位置づけられている。自動車、エレクトロニクス、建設、消費財といった多様な産業を素材面から支え、東南アジア全体のモダナイゼーションを後押ししている構図だ。
こうした「素材エコシステム」の近くにいることは、タイで起業する日本人にとって決定的な優位性になりうる。現場に足を運べる距離にいるからこそ、製造業の課題や行政の方向性、素材メーカーの技術戦略を同時に読み解ける。
電動車、高齢化、インフラ投資、持続可能性という4つのキーワードは、今後も東南アジアで重みを増すとみられる。どの分野で、どのプレーヤーの「間」に入ると、自分の規模でも勝負できるのか――コベストロの動きを手がかりに、タイという市場の地図を自分なりに描き直すタイミングに来ている。
