タイで個人起業を考える日本人へ:EEC「ディズニーランド構想」と観光税300バーツの読み解き方
タイでの個人起業を検討する日本人にとって、観光・サービス需要の中長期トレンドをどう読むかは、事業の成否を左右する。
現在、タイ政府が進める東部経済回廊(Eastern Economic Corridor:EEC)「キャピタルシティ」計画と、観光税導入の動きは、その重要な材料になり得る。
タイは仏暦(タイ暦)を採用しており、西暦2023年は仏暦2566年にあたる。以下では、仏暦2566年(西暦2023年)ごろに示された政府方針を手掛かりに、日本人個人起業家が押さえておきたいポイントを整理する。
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この記事の目次
EEC「キャピタルシティ」と“ディズニーランド構想”――何が起きようとしているのか
タイ政府は、EECへの人流を一気に引き寄せ、高速鉄道(3つの空港を結ぶ路線)の開発を加速させる「大型呼び水」として、テーマパークやスポーツ施設を核とする「EEC Capital City」構想を掲げている。
ディズニーランド誘致計画の概要
記事の骨子は次の通りである。
– 政府は、東南アジア初となるディズニーランドをEEC内に誘致する方針を維持
– ウォルト・ディズニー社の新CEO宛に、タイ側の意向を伝える書簡を送付済み
– EEC Capital City全体で約15,000ライ(※1)の土地収用補償を進めており、うち
– テーマパーク用地:約2,700ライ
→ 規模感としては上海ディズニーランドと同程度と説明
– 政府がディズニー構想を打ち出した後、既にシンガポールに拠点を持つ別の世界的テーマパーク運営会社も、タイ進出に関心を示してEEC側に接触
– ただし政府は、まずはディズニーとの協議を優先する方針
– 実現すれば、アジアでディズニーランドを持つ4番目の地域(日本、中国、香港に続く)となる
政府関係者は、投資資金面では中東・UAEからの関心が高く、資金調達を大きな懸念とは見ていないと述べている。また、カジノは含めないと明言しており、「観光・エンターテインメント+スポーツ」の健全型リゾートとして位置づけている点も特徴だ。
> ※1:1ライはタイの土地面積単位。本稿では記事の表現に従い、数値のみ記載する。
スポーツ複合施設とMICE需要の取り込み
EEC Capital Cityでは、テーマパークに加え、約2,000ライをスポーツ複合施設として整備する計画も示されている。
– 1万5,000席規模の屋内ナショナル・スタジアム
→ 会議用途などにも転換可能な多目的施設として設計
– ウォータースポーツ・コンプレックス
– 目的:バンコクのフアマーク・スポーツコンプレックスの混雑緩和
– 大型スポーツイベントを誘致すると同時に、MICE(Meetings, Incentives, Conventions, Exhibitions)需要を取り込む狙い
テーマパークとスポーツ施設を含めた初期投資規模は、少なくとも3,000億バーツが必要という試算が示されている。ただし、総投資額や詳細計画は、EEC側のさらなるスタディを経て確定する段階とされており、現時点では「構想~基本設計前後」のフェーズとみるのが妥当だ。
政府側は、自らの4年任期内でプロジェクトを推し進めたい意向を語っているものの、高速鉄道コンセッション(アジア・エラ・ワン社)を巡る再交渉の動きなど、不確定要素も残っている。個人起業家の視点では、「時間軸」と「政策の一貫性」を冷静に見極める必要がある。
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日本人個人起業家にとっての具体的なビジネスシナリオ
こうした大型案件は、一見すると大企業や政府プロジェクトの世界に映りがちだ。しかし、周辺に生まれる需要の多くは、むしろ小規模事業者・個人事業主レベルで担われる領域が大きい。タイで個人起業を目指す日本人にとって、どのような可能性が見えてくるかを整理してみたい。
1. 「テーマパーク+スポーツ+MICE」が生む周辺需要
ディズニーランド級のテーマパーク、国際大会対応のスポーツ施設、MICE機能という組み合わせは、地域の需要構造を大きく変える。
記事が示すような開発が進めば、EEC周辺では次のような需要が必然的に発生すると見てよい。
– 観光客・ビジネス渡航者向けの滞在関連サービス
– 宿泊施設への送客を前提とした旅行手配・コンシェルジュ
– 空港・駅からの移動手配やチャーター手配のコーディネート
– 長期滞在者・駐在員・イベント関係者向けの生活サポート
– 日本語・英語での生活支援サービス
– 子ども連れ家族を対象にした教育・レジャーサポート
– MICE向けサポート・プロフェッショナルサービス
– 通訳・翻訳、資料作成、事前調査レポート作成
– 現地企業・行政との折衝を支援するブリッジ役
いずれも、必ずしも大規模資本を必要としない。日本人個人事業としては、小回りと専門性を武器に「ニッチだが高付加価値」の分野を選ぶのが現実的な戦略となる。
2. 「日本らしさ」を生かしたコンテンツ・サービス
ディズニーやグローバルなテーマパーク運営会社が中核施設を担う一方、その周囲にはローカル色の強い飲食・物販・体験型サービスが広がる可能性が高い。
日本人起業家にとっては、例えば次のような方向性が考えられる。
– 日本語・日本市場に特化した受け皿
– 日本からの観光客や企業出張者向けの「日本語で完結する現地窓口」
– 日本式のきめ細かいサポートや情報提供を強みにする
– 日本のカルチャーやノウハウを組み合わせたサービス
– スポーツ施設を活用した日本式トレーニングメニューの企画・運営
– 会議・研修×日本式ファシリテーションを組み合わせたMICE関連プログラム
記事にもある通り、スポーツとMICEはEEC Capital City計画の重要な柱であり、単なる「遊園地周辺の商売」ではなく、ビジネスイベントや国際大会を軸にした需要が想定されている。そこに日本人ならではの専門性を掛け合わせる余地は小さくない。
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観光税300バーツ導入の意味――個人ビジネスへの影響は
EECとは別に、タイ政府が「最優先政策」として掲げているのが、観光客からの300バーツ徴収(観光税)である。
政府方針のポイント
記事から読み取れるポイントを整理すると、以下の通りだ。
– 初閣議の最重要議題として観光税300バーツ徴収を位置づけ
– 徴収方法に一部修正案
→ 日常的に国境を越えて陸路で往来する人々への影響を避けるため、
「航空機利用の外国人」に絞って徴収する方向で検討
– 中東情勢の悪化などで観光心理の悪化が懸念されるなかでも、「300バーツがタイ訪問の抑止にはならない」との見解
– 観光と文化の担当省庁を統合し、「文化・観光省」(仮称)を6カ月以内をめどに設立する構想
→ 一方でスポーツは「スポーツ・ユース省」が所管
日本円ベースでの金額は為替によって変動するが、300バーツという水準自体は、航空券代や滞在費全体から見れば限定的な負担にとどまると考えられる。
個人起業家が意識すべきポイント
観光税300バーツが、日本人個人起業家にとって直接的なコスト増になるわけではない。ただし、ビジネスモデル設計の前提として、次のような点を織り込んでおく必要がある。
– 価格戦略への反映
航空機で入国する観光客を対象にしたサービスでは、顧客の総支出が「航空券+観光税+滞在費」となる。特に価格に敏感な層をターゲットにする場合、サービス料金をどう設定するか、事前説明を含めたコミュニケーションをどう設計するかが問われる。
– 国境をまたぐ短期往来ビジネスへの影響
観光税は「日常的に陸路で往来する人々」には課さない方向が示されている。陸路の国境貿易に密接に関わるビジネスを考える場合は、この線引きがどのように制度化されるかに注目すべきである。
– 行政窓口の再編成
観光と文化が統合され、スポーツが別の省庁に分かれることで、事業内容によって関係省庁が変わる可能性がある。観光コンテンツや文化体験型ビジネスは「文化・観光」、スポーツ関連ビジネスは「スポーツ・ユース」といった整理がなされる見通しだ。許認可や支援策の窓口がどこになるのか、情報収集の経路として意識しておきたい。
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「待つ」のではなく「準備する」――2023年(仏暦2566年)以降の向き合い方
以上のように、EEC Capital City構想や観光税導入方針は、タイの観光・サービス・MICE市場の方向性を示すシグナルである一方、まだ多くが「構想」「基本方針」の段階にある。
日本人個人起業家にとって重要なのは、「ディズニーランドができてから考える」のではなく、次のような準備を先行させることだ。
– 情報の粒度を上げる
現時点で公表されているのは、用地規模(テーマパーク約2,700ライ、スポーツ施設約2,000ライ)、投資規模の目安(少なくとも3,000億バーツ)、政策意図(EECと高速鉄道のテコ入れ、MICE・スポーツの強化)といったマクロ情報である。これを前提に、どの分野で自らの強みを生かせるのか、仮説をつくっておきたい。
– 時間軸を見据えた事業計画
政府は4年任期内での推進を掲げる一方、高速鉄道コンセッションの再交渉を巡る攻防が続いている。大規模開発そのものに直接依存するビジネスモデルだけに賭けるのではなく、足元のタイ市場で既に存在する需要を取り込みつつ、中長期でEECの成長を取り込む「二段構え」の設計が現実的である。
– 小さく始めて大きく乗る
大型テーマパークやスポーツ施設は、完成すれば一気に人流を生む。しかし起業のタイミングとしては、その前段階から現地を知り、小規模でも事業を始めておくことで、成長局面にうまく乗れる可能性が高まる。日本人向け・日本企業向けサービスなど、スケールよりも専門性・信頼性を重視した領域は、個人起業でも十分に勝負できる。
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EECのディズニーランド誘致、スポーツ複合施設建設、観光税300バーツ導入、観光・文化・スポーツ行政の再編――これらはすべて、タイが観光・エンターテインメント・スポーツ・MICEを「国家戦略」の軸として再定義しつつあることを示している。
仏暦2566年(西暦2023年)時点ではまだ多くの要素が流動的だが、日本人個人起業家にとっては、こうした政策の方向性をいち早く読み取り、自らの強みと結びつけた具体的なビジネスシナリオを描けるかどうかが、タイでの成功を左右することになるだろう。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3225023/thailand-vows-to-host-1st-disneyland-in-region
