タイのエネルギー大手「バンチャック」に学ぶ、個人起業家のアジア戦略
タイで個人起業を目指す日本人にとって、「どの程度の視野で事業を設計すべきか」は最初の重要な問いになる。
バンコク拠点のエネルギー企業・Bangchak Corp(以下、バンチャック)の動きを追うと、タイ国内にとどまらない「アジア発の事業設計」のヒントが見えてくる。
香港のシェブロン事業買収──アジア太平洋を見据えた一手
バンチャックは、シェブロンの香港燃料事業(Chevron Hong Kong Ltd)を2億7,000万米ドルで買収することで合意した。タイ証券取引所への開示によれば、同社はChevron Hong Kongの株式100%を取得する。
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買収対象であるChevron Hong Kongは、香港域内で以下の事業を展開している。
– ガソリンスタンド(小売燃料)
– 産業向け燃料
– 海運向け燃料(マリン燃料)
つまり一般消費者向けの給油所ビジネスと、産業・海運向けというBtoB燃料ビジネスの両方を抱える事業基盤を、一括で取り込む判断だ。
バンチャックは、この買収資金について「借入と手元資金(キャッシュ)の両方を活用する」としており、自社バランスシートをテコにしながら、域外市場の事業を一気に取りにいく構図が浮かぶ。同社は今回の案件を、アジア太平洋地域でのプレゼンス拡大の一環と位置づけている。
タイ国内の「伝統ビジネス」から、海外の新領域へ
バンチャックは元来、精製とガソリンスタンドを中心とするタイ国内の石油事業が主力だった。しかし近年、そのビジネスモデルを大きく変えつつある。
– ノルウェー
– アラブ首長国連邦(UAE)
– 台湾
同社はこうした国・地域において、再生可能エネルギーや石油探鉱(オイル・エクスプロレーション)に投資し、従来型の精製・給油所ビジネスから事業領域を広げている。
さらに仏暦2566年(西暦2023年)には、エクソンモービルのタイにおける製油所および小売事業の過半数持分を6億4,400万米ドルで取得し、国内の精製・小売基盤を一段と強化した。
そのうえで今回は香港事業の買収に乗り出した格好で、タイ国内の足場を固めつつ、周辺地域へ事業を張り出していることがわかる。
同社が開示したところでは、2025年の純利益は28.8億バーツ(9,300万米ドル)と前年から32%増加した。増益要因として挙げられているのが、
– 製油所(リファイナリー)事業
– 発電(パワー)事業
からの収益拡大だ。
国内外でのM&Aと、新旧エネルギー事業の組み合わせが、利益成長を支えている構図といえる。
タイで個人起業する日本人への示唆
大企業のM&Aは、個人起業家には縁遠い話に見えるかもしれない。だが、バンチャックの一連の動きは、タイで小さくビジネスを始める日本人にも応用できる示唆をいくつか含んでいる。
1. 「タイだけを見る」発想から離れる
バンチャックはバンコクを拠点としつつ、ノルウェー、UAE、台湾、そして香港と、アジア太平洋を含む複数の国・地域に事業を広げている。
個人事業レベルで同じスケールは望めないにせよ、
– タイ国内だけを対象としたサービス設計に終わらない
– 立ち上げ直後から「将来どの国・地域に展開し得るか」を地図上で意識する
という思考は、そのまま参考になる。
タイで起業するときも、「将来は香港や台湾など周辺市場とどうつながり得るか」を前提に、業種やビジネスモデルを選ぶ、という発想を持てるかどうかで、中長期の成長余地は変わってくる。
2. 「借入+自己資金」の組み合わせを前提にする
今回の買収でバンチャックは、資金調達を「借入とキャッシュの組み合わせ」と明確に位置づけた。
個人起業家のスケールに置き換えれば、
– すべてを自己資金だけで賄おうとしない
– 一方で、過度な借入に依存せず、手元資金とのバランスを意識する
という資本政策の基本にあたる。
タイでの創業でも、最初から「自己資金と借入をどう組み合わせるか」を数値ベースで設計し、将来の事業拡大フェーズで追加投資が必要になったとき、どのような選択肢を取り得るかを見据えておくことが重要になる。
3. 事業ポートフォリオを「単線」にしない
バンチャックは、
– 精製・給油所ビジネス(従来型)
– 再生可能エネルギー・石油探鉱
– 発電事業
– 香港での産業・海運向け燃料事業
と、エネルギー業界の中でも複数の領域を組み合わせている。
個人規模であっても、
– メインの収益源(例:ある特定のサービス)
– それを補完するサブ事業(例:関連するBtoBサービス、コンサルティングなど)
という形で、複線的なポートフォリオを描いておくと、環境変化に耐えやすくなる。バンチャックが従来のブリック&モルタルなガソリンスタンドにとどまらず、再生可能エネルギーや発電へ軸足を広げているのは、まさに単線依存のリスクを減らす動きと言える。
「タイ発アジア」を見据えた起業の構え方
バンチャックの事例から読み取れるのは、次のようなシンプルな原則である。
– タイを「終点」ではなく「出発点」と見る
– 国内基盤を押さえながら、アジア太平洋のどこでプレゼンスを高めるかを考える
– 資本と事業ポートフォリオを、成長フェーズごとに組み替えられる設計にしておく
仏暦2566年(西暦2023年)にタイ国内の精製・小売事業を取り込み、その後アジア太平洋への展開を加速させているバンチャックの軌跡は、「まず足元のタイ市場を押さえ、そのうえでアジアをにらむ」という一つの順番を示している。
タイで個人起業を考える日本人にとっても、事業規模の大小にかかわらず、この順番と視座はそのまま応用できる。自らのビジネスを、将来どの国・地域と結びつけられるのか──バンコクで事業計画を練るとき、その地図を一度描いてみる価値はあるだろう。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3196540/bangchak-buys-chevrons-hk-unit-as-the-thai-firm-expands-in-asia
