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タイで個人起業する日本人が押さえるべき「輸出」の新常識
タイで個人事業を立ち上げようとする日本人にとって、「国内向けビジネス」だけで完結する発想は、もはや現実的とは言いがたい。タイ輸出入銀行(EXIMバンク)の新総裁チャラット・ラッタナブンニティ氏の発言からは、タイ経済の構造変化とともに、中小企業に輸出を求める強いメッセージが読み取れる。
なお、タイでは西暦2023年は仏暦2566年にあたる。日本人起業家にとっても、暦の違いだけでなく「発想の暦」を切り替えることが求められていると言ってよい。
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タイの輸出構造:大企業依存から「中小+個人」シフトへ
EXIMバンクによれば、タイの輸出は2026年には伸び率2%程度に減速する見通しだ。足元ではおよそ13%の伸びを見込んでいるが、その反動も含めて、以下のような逆風が重なっている。
– 米国トランプ政権による関税措置の影響
– 為替レートの変動
– 各国との輸出競争の激化
– 直近の高い伸びに伴う「ベース効果」
この環境下で、ラッタナブンニティ総裁が最も強調したのは、「輸出企業の絶対数を増やす必要がある」という点だ。
輸出の9割を握る約5,000社
過去10年間、タイの輸出企業数はほぼ横ばいにとどまっている。一方で、輸出額の構造は極端だ。
– 総輸出額の約90%を占めるのは、大企業約5,000社
– 残り10%を約22,000社の中小輸出企業が担う
– 全国の中小企業は約300万社とされ、そのうち輸出に関わるのはごく一部
他国との比較は象徴的だ。
– インド:中小企業が輸出額の約45%
– カナダ:同42%
– ベトナム:タイの約3倍の比率で中小企業が輸出を担っている
さらに、タイから輸出する大企業の約40%は多国籍企業か外国資本を含む企業とされる。つまり「タイ企業」による輸出の裾野は、統計以上に狭い。
日本人がタイで一人会社を立ち上げる場合、自らもこの「多国籍プレーヤー」の一角となる構図だ。裏を返せば、中小・個人レベルの輸出プレーヤーはまだ少なく、ニッチに入り込む余地が大きいことを示している。
EXIMバンクが描く「次の一手」
EXIMバンクは、現状約2万2,000社いる中小輸出企業のうち、2,000社を顧客として抱える。総裁は、この顧客数を来年には4,000社に倍増させる方針を明言している。
その際に焦点となる市場は、次の通りだ。
– 既存の主力市場:米国、中国(ただし大都市だけでなく「中規模都市」まで視野に入れる)
– 新興・フロンティア市場:アフリカ、中東
個人で起業する日本人にとって、これは単なる金融機関の計画ではない。タイ発の中小輸出プレーヤーを増やす方向に、政策と金融のベクトルが合っていることの表れである。
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日本人個人起業家が組み立てるべきビジネスモデル
ラッタナブンニティ総裁は、タイ国内市場だけに依存するリスクも率直に指摘している。
– タイ国内市場は6,000万〜7,000万人規模
– 高齢化が進み、消費は減少傾向
– 一方で、海外に目を向ければ約80億人の市場が存在する
「タイ国内向け」から「タイ発世界向け」へ
これからタイで個人起業する日本人にとって、出発点の発想は次のように変わる。
– NG:
「タイに進出して、タイ人向けに売る」だけを前提にする
– OK:
「タイでコストと立地の優位性を活かし、米国・中国・アフリカ・中東など海外市場へ出ていく」
EXIMバンクが中小輸出企業の支援を強化しようとしている以上、「輸出を視野に入れた事業計画」を持つ企業ほど、タイ側の支援を受けやすくなる可能性は高い。個人事業であっても、最初から輸出のストーリーを描いておくことが、金融機関との対話や信頼形成につながりやすい。
たとえば以下のような組み立てが考えられる。
– 仕入れ・製造・サービス提供の拠点をタイに置き
– 販路は米国・中国の中規模都市、あるいはアフリカ・中東のニッチ市場まで想定する
– EXIMバンクが重点を見る「輸出拡大」に沿った論理で、自社の成長ストーリーを説明できるようにする
いずれもBase Documentで示された方向性から自然に導かれる発想だ。
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為替レートは「利益を奪うコスト」として設計せよ
輸出ビジネスを語る上で、EXIMバンク総裁が特に警鐘を鳴らしているのがバーツ高リスクだ。
– バーツが1バーツ上昇すると、輸出企業の利益は2%超減少
– 2バーツの上昇では、利益が約5%近くまで落ち込み、一部取引は赤字化の可能性
これは大企業だけの問題ではない。むしろ価格交渉力が弱く、マージンも薄くなりがちな中小・個人事業にとって、為替は生死を分ける変数となる。
日本人起業家が注意すべきポイント
タイで個人起業し、外貨建てで売上を得ようとする場合、最低限押さえるべき視点は次の通りだ。
1. 為替変動を前提にした利益設計
– 「1〜2バーツ動いても利益が出るか」を、見積もり段階で試算しておく
– 単価・コスト・マージンを、バーツ高シナリオでシミュレーションする
2. 契約条件で為替リスクをどこまで負担するかの整理
– どの通貨建てで価格を提示するのか
– 長期契約の場合、価格見直しのルールをどう設定するか
3. 資金繰りの余裕を確保する
– EXIMバンクもこれまでは「流動性確保のための運転資金貸し出し」が中心だった
– 今後は輸出拡大支援向けの貸し出しに比重を移す方針であり、
「為替変動時に耐えられる運転資金の厚み」を、事業計画に組み込む必要がある
総裁が明言するように、為替レートはたった数バーツの動きで、利益率を数%単位で削る。価格設定・契約設計・資金繰りを「為替レートのストレステスト」に耐える水準にしておくことが、輸出型ビジネスでは必須になる。
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「2566年=2023年」以後のタイで個人起業するということ
仏暦2566年(西暦2023年)以降のタイは、以下のような特徴を強めつつある。
– 輸出の伸び率は鈍化する一方で、「輸出企業の数」を増やす方向に舵を切っている
– 輸出額の大半を握る大企業・多国籍企業に対し、中小・個人レベルの輸出プレーヤーはまだ少ない
– 国内市場は人口・高齢化の制約がある一方、海外には80億人の需要が広がる
– 為替変動が利益を一気に侵食しうる環境下で、政策金融機関は中小輸出企業の支援を拡大しようとしている
日本人がタイで個人起業するなら、「タイ発・中小輸出企業」の一員として、自らを位置付ける発想が現実的だ。
– 事業アイデアの段階から、海外市場を組み込む
– EXIMバンクが注目する地域(米国・中国の中規模都市、アフリカ、中東)を念頭に置く
– 為替リスクを前提とした利益設計と資金繰りを行う
タイが中小輸出企業の裾野拡大にかじを切る局面は、個人レベルでの越境ビジネスにとっても追い風になりうる。暦が仏暦2566年から先へ進むのと同じく、ビジネスの発想も「国内完結」から「タイ発・世界行き」へと切り替える時期に来ている。
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参照記事:https://www.bangkokpost.com/business/general/3158720/exim-bank-advises-smes-to-look-abroad
